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yuuの一人芝居

yuuの一人芝居

となり 続編 鳴き声 執筆中

   泣き声

 子供が出来るという未知の世界を育子は不安と好奇と期待で受けとめていた。
「何だか不思議・・・」
 と言いながら生き生きとしていた。
 悪阻もそんなにひどくはなく無事通り過ぎた。その頃から育子の腹の辺りが微かに膨らんできたように見えた。
 驚いたことに原稿はすべて一回で、書直を受ける事がなくなった。
「食欲もこんなにあるし、生命力も旺盛になったわ。それに一日一日が充実しているから恐いものはないの」
 細い食だった育子が化けの皮を剥いだように食卓の上の物をすべて平らげるようになった。
 たしかに、最近の育子は溌剌として見えた。母になるという自信が漲っていた。
 隣の騒音にも慣れ、寧ろその音が快い響きで心に届くようになっていた。聞こえてこなかったら何だか不安になるのだった。
「この二三日どうしたんだろう」
「お二人で温泉旅行ですって・・・」
「ほほう、雪景色を見ながら湯に浸かり歌っているのかな。それにしてもお隣さんは福の神であったということだな」
「ね、引っ越さなくてよかったでしょう」
「ああ、まあな・・・」
 そのように二人は会話をしているが、何だか淋しいものがあった。とめどなく演歌のリズムが刻まれ拍子外れの歌声が届かないことに切ないものを感じていた。

 逢沢にも変化が生まれていた。生活のリズムは変わらなかったのだが、毎日が身が軽くなったような感覚を味わっていた。
 短大へ行く、採話旅行へ行く、テープを回しながら原稿用紙へ起こす、そのすべてが新鮮に思えるようになった。育子の変化が逢沢をも変えたようであった。

「お腹に居るうちはいいのよ。生まれたら大変らしいわょ。今からその心算でいて下さいょ」
 育子はそう言って、
「今のうちに書きたいものを書いておかなくては、そう思うと何でも書けるような気分なの。女は母になって初めて女になるのね」
 慌ただしく物事を解決していた。
「たしかに、強くなったね。守り育てるものがあるってことが、心を身体をそれだけの変化をさせるのかね」
 逢沢はそう言って改めて育子を眺めた。
 顔の表情も溌剌となり、身体も一回り大きくなってように思った。
「女は母になると強くなるって本当なのね」



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